白血病と闘った母と、その家族+わんこの日記です。わたくしの愚痴ブログになりつつあります(^_^;)
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急性GVHD
2007年10月21日 (日) | 編集 |
急性GVHDについて


遡って書いています。


書こうと思っていて、なかなか書けませんでした。
去年の今頃、急性GVHDと母は闘っていたよな・・・
そう思えるようになったので書こうと思います。


少し時間が経ってしまったので、うろ覚えかもしれません。
専門的な用語も当時から勉強不足だったので
ほとんど分からず自分の解釈かもしれません。
ご了承ください。
間違っている箇所がありましたら、教えてくださいm(__)m
ただ、少しでも私達の経験が参考になれば幸いです。

GVHDとは、私達の認識では移植後の骨髄内の「闘い」
だと思っていました。
元々ある母のと、移植された叔母の骨髄液が
体内で闘っていて、その時の反応が体に出ているんだと
思っていました。
うまく表現ができないのですが・・・
説明が私のような素人では難しいので、ご了承くださいm(__)m


とにかく、このGVHDという反応はとてもやっかいでした。
人それぞれに出方も、また時期も規模も異なるそうです。
あくまで母の時の場合を書こうと思います。


このGVHDが難しいのは、治療上必要な反応ということです。
骨髄移植という治療法は、
「悪い細胞?を作り出している母の骨髄を、
 健康な叔母の骨髄に入れ替える」
という、とてもすごいことをします。
元々あった母の方が、外から来た叔母の骨髄は敵だ!と思って
攻撃をすることがあるそうです。
そうやって必死に闘うので、その結果がGVHDとなって現れるそうです。


このGVHDを抑えようとすると、闘いが減ってしまい
悪い骨髄細胞?がそのまま残って増えてしまうかもしれません。
増える=再発する可能性が高くなるそうです。


また母の場合、フォラデルフィア染色体異常が2つもあって
それを消滅させるためにも骨髄移植が必要でした。
(この染色体異常も何種類かありますが、その中でも
特殊な種類だったそうです。この異常があると再発しやすくなるそうです。しかも、発症当時の検査では1つだったのに
後々念のために・・・とした検査で新たに1つ見つかって
ガックリきたのを覚えています。)



かといって、このGVHDがあまりひどくなると、重篤になる危険もあり
調整がとても難しいと先生から何度も聞かされました。
そして怖いのが感染症。骨髄が変わった=免疫ゼロの赤ちゃん状態に
なってしまうそうです。今まで風邪を引いても、すぐ薬が効いたり
ちょっとずつ免疫がついていって症状が悪化することは
あまりないと思いますが、移植後は今までの免疫が全てゼロになり
ちょっとしたウイルスでも抵抗力がないので悪くなってしまいます。


GVHDと感染症の治療は、相反するもので難しいものだと
痛感するのは、もっと先のことです。


表現力が乏しいのですが、
骨髄移植とは、本当にすごいことなんだといつも思ってました。
ですから、移植自体は1日で終わりますが(④移植当日参照
その後の闘いの方がとても大変で大事な治療になるんだと分かりました。
移植が出来ると聞いた時は、ただただ移植すればなんとかなるという
今考えてみると楽観視していたのかもしれません。
移植するしか道がなかったので、とにかく先生方にお願いするしか
ありませんでした。
ただ、移植後の覚悟が見守る私達に足りなかったのかもしれません。



母の場合、GVHD反応が出たのは移植してから数日後だったと思います。
以前の抗がん剤の副作用が少なかったので、
今回も大丈夫じゃないかなぁと母は思っていたようでしたが・・・
とんでもなかったです。


一番ひどかったのは、皮膚の湿疹でした。
腕・お腹・足・背中・・・おさまったと思ったら、また出てくる・・・
その繰り返しでした。
ひどいかゆみを伴うこともあって、とても辛そうでした。
あまりにひどい時にはステロイドを服用していました。
この皮膚の湿疹も、GVHDなのか何か他の感染なのか
その判断が難しかったそうです。
皮膚の採取をすることもあって、これが一番痛かったと言ってました。


熱も37度~38度を行ったりきたり。
途中サイトメガロウイルスの反応も出て抗生剤が増えたりしました。


あと母を困らせたのが味覚障害。
まったく味がしない、味がしてもおいしくないと言っていて
食欲が激減してました。
ベビーフードも挑戦したのですが、口に合わなかったそうです。


あと忘れられない闘いも。
服用する薬は毎日すごい量でした。
その中でもネオーラルという免疫抑制剤は大変そうでした。
私達はただ見守ることしか出来ませんでしたが、相当辛そうで
母が編み出した対処法はチョコレートを食べて味をごまかすことでした。


人によっては、移植後1ヶ月くらいで退院できる場合もあるそうですが
母がお世話になっていた病院では移植後100日までは安定しないと
考えていたそうです。だいたい100日前後まで出てくる反応が
急性GVHDだと言われました。この頃のGVHDは皆さん症状が似ているので、ある程度
どういうことが起きるのか把握されているそうです。
しかし、その後GVHD反応が出ることがあるので覚悟してくださいと
言われました。それは慢性GVHDと言われ、何年かかるか、どういう症状になるのか
個人差があるので全く予想がつかないと言われました。


それはまだ先の話で、とにかくこの急性GVHDを落ち着かせて
一刻も早く自宅へ帰る。それが目標でした。
たしかに安定したりしてなかったりと、この3ヶ月は想像以上に
大変でした。母も意識ははっきりしていますから、生き地獄のようで
早く帰りたい~~~とずっと言ってました。


毎日検査をして、状態をチェックしていただいてますから
お任せするしかなかったのですが、私達はどうしてあげることも
できずに、毎日はがゆかったです。
母をなんていって励ませばいいのか分からなかったですね。
ただ一番辛いのは母なんだから、何か気分転換できるものを
といろいろ考えてた気がします。
犬の話、写真を見せたり、TVやワイドショーの話など・・・
あまり病気のことは話しませんでした。


母の場合はこれだけ大変な思いをしてましたが
まだ症状としては軽い方で、奇跡的に順調に治療が進んでいたそうです。
母の骨髄が、移植された叔母の骨髄に替わったかどうか判断するため
定期的にマルクを行うのですが、大体1ヶ月くらいで替わってました。
生着といって、叔母の骨髄から正常な細胞が作り出せれてました。
この状態になるのはとても難しいそうで、型によっても確率が
変わるそうです。移植1回で、しかも1ヶ月くらいで生着できたのは
奇跡に近かったそうです。


しかも、あれだけ恐れていた染色体異常も、移植後に
消滅していたそうです!!!
この染色体異常の治療のために自費で購入したグリベック(グリベック。)は
必要なくなりました。


こうして母は頑張って急性GVHDとの闘いを乗り越えたことで、
いろいろなものを克服していきました。
高齢であったため、発症当時は「移植できませんよ」と
先生から言われていましたけど、なんとか順調に治療が進みました。


予想以上に体力があったこと、精神的に強かったこと、
母と叔母の骨髄の相性が合ったこと等
運が良かったのだと思います。
将来への希望を持つことができたので、先生方に感謝しました。


そして、なんとかかんとかお許しが出て、
12月16日退院しました。
慢性GVHDと感染症に充分気をつけるように、と言われて
自宅療養になりました。


それから、1週間に1度の通院があり、服用する薬も
半端なく多かったですけど、母は文句を言わず頑張ってました。



そしてクリスマス・年末年始を自宅で家族全員で過ごしました。
特別なことはしませんでした。本当は退院の目標にしようと
12月31~1月2日で母が行きたがっていた「きぬがわ国際ホテル」に泊まる
予約していたのですが、食中毒が流行ってしまってキャンセルしました。
今となっては、自宅でゆっくり迎えられて良かったです。



その後、感染症が分かって、最後の闘いへと移ります。
それは⑥移植後の入院になります。


移植前後の苦しさ・大変さは、
想像以上のものでした。
でも、なんとか母は乗り越えられたということを
伝えたくて始めたブログでした。
ですから、感染症が分かった時の衝撃はあまりに大きく、
最後の闘いは本当に長く辛いものでした。
たった3ヶ月でしたけど、私達には1年にも感じる長さでした。
このブログで毎日気持ちを書くことで、すごく励まされて
乗り越えられた気がします。



は~~長々と失礼しました。
この記事を書きながら、何度も涙が出ました。
辛い思い出を思い出すのは辛いですね。
でも、これも自分の中で一区切りつけられたように思います。
ずっと書かなきゃと思いながら手を付けられなかったので・・・


きっと、母の白血病との闘いについて詳しく書くことは
もうないと思います。
私が約1年この病気と関わったことで分かったこと、感じたことは
ほとんど書いたと思います。



今も闘っている患者様やそのご家族に、少しでも参考になれば幸いです。何度も書いていますが、母は最期まで頑張っていました。
母は残念な結果になってしまいましたが、白血病と闘いながらも
日常生活を送っている方々はたくさんいらっしゃいます。
私は、皆さんを励みに頑張りたいと思います。



これからも、至らぬブログですがよろしくお願いします。
また日常での出来事や愛犬チョコのこと、母との思い出、
大切な人を亡くして葛藤している想い等を書いていこうと思います。


補足
移植に対してネガティブな気持ちを抱かせてしまったらすみません。
移植をした方が良かったのかと葛藤もしましたけど、
母自身が先生を信じて、将来治ることを信じて頑張った結果です。
だから後悔はしないようにしています。
症状や型によって、移植が最良の治療ではないかもしれません。
現に移植されなくても克服されている方も多くいらっしゃると思います。
これは専門的なことで、素人の私がなんと申し上げていいのか
分かりません。でも信頼できる先生や治療法方が見つかりますように、
早く白血病の特効薬や改善がありますように、
ただただお祈りしています。
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テーマ:白血病
ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
★piroさん、ありがとうございます。


ほんとうに、移植前後の大変さが改善されると
いいのですが・・・
もう1年前のことなので、専門用語を忘れてしまい
なんだか分かりづらい長文になってしまいました。
これでまた少し一区切りつきました。
お互い頑張りましょうね!


★ぽんぽんさん、ありがとうございます。


こうやって思い返してみると、
本当に毎日大変だったなぁと思いました。
でも、あんなに一日が大事で貴重なんだと
実感したことはありませんでした。
大変さの中にも笑いもたくさんありましたし。
うーん、うまく説明できないのですが・・・
自慢できる母親って、なかなかいないですよね。
お互いに誇りに思って、頑張りましょうね!!


★westさん、ありがとうございます。


私も将来のこと、いろいろ考えて悩みました。
本当は、恩返しにと人を手助けするため
医療に少しでも携われればと思いましたけど
思い出してしまって、その覚悟が足りません。
間接的でも、何か自分にできることをしようと
ちょっと勉強を始めました。
まったく、医療と関係ありませんが・・・
動きだしてみれば、いつか何かやりたいことが
見えてくるんじゃないかな~と最近思うようにしてます。
偉そうですね(^_^;)
westさんとは立場が違うかもしれませんが、
応援しています。お互い頑張りましょうね!!
2007/10/23(Tue) 00:15 | URL  | 黒コギ #StTObYlw[ 編集]
黒コギさん、こんばんは。

ブログにコメントありがとうございました。

移植後のGVHD。本当に怖いですね。
僕は、運が良かった。
こんな体験をしたからこそ、社会貢献できるような職に就きたいな、とも考えていますが、まだ、その話は、少し先の話ですかね。
今の職でも、十分にいいのだろうけど、直接、今、苦しんでいる人を助けるものではないですから、なかなか心に葛藤があるんです。
焦らず、じっくりと、自分の気持ちと相談しながら、判断して行こうと思います。

黒コギさんも、がんばってください。
2007/10/22(Mon) 22:41 | URL  | west #0ecWsDRU[ 編集]
黒コギさんこんばんは。
お母様が生きる事に最後まで真摯でいらしたこととても感動しました。 黒コギさんのお母様も私の母も辛い治療とこれでもかこれでもかと襲ってくる難題に本当に頑張って生き抜きました。私たちは母たちから色々なことを教わっていますよね。 今年に入って母をとても慕ってくれていた同室の方も亡くなられたとお嬢様からメールを頂きました。彼女いわく今頃天国で仲良くしているでしょうと・・・
とても悲しいですが病気と最後まで戦い抜いた母達を誇りに思いましょうね。
2007/10/22(Mon) 21:29 | URL  | ぽんぽん #-[ 編集]
思い出すことはつらいですね。他の方のブログでもGVHDとの戦いは本当に壮絶ですね。本当に移植したら何の副作用も無く、完治となればいいのに・・・前処置だってかなり辛い治療なのに、それを乗り越えただけで成果として完治があればいいのに・・・思っても仕方ないことばかり考えてしまいます。
黒コギさん、よくここまで振り返って書いてくださいましたね。きっと誰かの心の支えや知識となっていくことでしょう。
一区切りですね。少しずつ前へ進んでいますね。お互い頑張りましょう。
2007/10/22(Mon) 11:39 | URL  | piro #-[ 編集]
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